長生木の話 タイトル画像

長生木

こんなに大きくなったよ

1972年、上ヶ原中学校が開校した。体育館に上がるスロープの右側にクスノキの苗木が植えられた。クスノキは体育の授業や部活動、全校集会や卒業式・・・と体育館に向かうたくさんの上中生を見守りながら、すくすくと育った。平成を迎えて間もない創立20周年の頃には5mを優に越える立派な若者に育っていた。

しかし、試練が訪れた。1995年1月の阪神淡路大震災である。地震で倒れたわけではない。クスノキはすでに立派に根を張っていた。致命傷を負ったのは校舎だった。校地造成時の埋め立て境界をまたいで建っていた本校校舎は震度7の揺れに耐えきれず全壊。上中は生徒の犠牲を一人も出さなかった幸せの代償かのように校舎の建て替えを余儀なくされた。破壊された校舎の取り壊し、グラウンドへの仮設校舎設営、そして新校舎の建築・・・これから数年間にわたり多くの関係業者の力が必要だった。校地内のどこかに大きなプレハブ事務所を建てる必要が生じた。

クスノキは新しい上中のために犠牲になった。切り倒され、切り株となったクスノキの上にあっという間にプレハブ事務所が建てられた。そして誰もがクスノキのことを忘れた。
2年後に新校舎は落成、プレハブ事務所も仮設校舎もまたたく間に撤去され、輝く新校舎が上ヶ原台地にお目見えした。復活した真新しい校舎に足を踏み入れる生徒たちの笑顔。新しい上中の歴史が始まった。校舎復活と共に勢いをつけた上中はちょうど21世紀になる頃、市内総体で毎年何本も優勝旗を獲得するエネルギッシュな時代を迎えた。

2002年のある日のことだった。頑張る上中生たちにきっと刺激されたのだと思う。クスノキは切り株から5本の新芽をそっと出した。切り株になって7年。プレハブの下に2年、再び日の光を浴び始めてから5年目のことだ。細い5本の新芽は「気付いてね」とささやいていた。震災前から上中にお勤めで、校地のすみずみまで知っている用務員さんが、そのささやきに気がついた。

「先生、これクスノキの新芽やで、大事にしなあかん。」

あっという間に10センチ、30センチと伸びていく。生徒たちも職員も目を見張って見守った。いたずらする者など誰もいなかった。5本の新芽は1本ずつ独立した苗木のようにするすると成長して1mほどになり青葉を茂らせ始めた。生徒会が呼びかけた。みんな、このクスノキに名前を・・・生徒たちは「長生木(ながいき)」と命名した。

2003年3月、私は初々しいこのクスノキと上中に別れを告げた。
あれから再び6年が過ぎた2009年4月、私は上中に校長として着任した。真っ先にクスノキの前に立った。最初に新芽を見たときはほんの10センチ程だったクスノキはもう3mを越えている。枝はまだ若々しいきれいな緑色、葉は一枚一枚が瑞々しい。4月の風に揺れながら「こんなに大きくなったよ」という声が聞こえた。幹に手を触れたら温かかった。私の心臓はどきどきした。うれしくて涙が自然に出た。

世界遺産になるような大自然だけが素晴らしいのではない。学校の中に植えられた一本のクスノキでも人を感動させることができる。最後にお教えしよう。あの5本の新芽は、それぞれが今や立派な幹となっているのだが、切り株の周りを囲んで繋がって、再び一本の太い幹に戻ろうとしている。その時がまもなく訪れる。私は今からわくわくして待っている。

クスノキに負けてはいられない。妙に時代に左右されない根太くたくましいエネルギーを我々人間も持ちたいたいものだ。

(第13代校長 白井 弘一)


                    





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